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  これまでも宮古島で森林をを造成することを掲げてきましたが、素人故に正しいかどうかわからないが次のようなことを考えています。

まず第一に外来樹種を植えるべきではないということ。
その理由は、昆虫、微生物など外来の生物を持ち込み、生態系を壊す恐れがあるからだ。
また土地の気候条件や土壌条件に適しない植物は、多くの管理が必要となるので予算が掛かる。
あるいは、逆に外来種のギンネムやタチアワユキセンダングサのように、そこら中に広がって在来種が育ちにくい環境をつくり、やはり生態系を壊す可能性がある。第二に単一の種類の植物を植えるべきではないということ。
特定の動物、昆虫、微生物などが過剰繁殖し、森、あるいは林全体が壊滅的な打撃を受ける恐れある。
したがって、森林を造成するにあたっては何種類もの在来種を用い、雑木林を作るべきだと考える。そうすることによって、雑多な植物、動物、昆虫、バクテリアなどがお互いを抑制し、あるいは助け合い増えすぎないよう、減らないよう、バランスのよい森ができると思う。
雑木林といえども、ある程度樹木が成長するまで、下草刈りなどの管理が必要だと考える。しかし、いろいろな生物が淘汰されたり、勢力を拡大したりしながら、安定した森ができるまでには 100年以上かかるかもしれない。(生きている間に見届けることは不可能かも・・・?)そのようなことを事を考えている時、友人から一冊の本を頂いた。 「鎮守の森」(新潮文庫)である。筆者は宮脇昭という植物学者で、国内外で3千万本を超す植樹活動を続けた方である。宮脇氏はその土地本来の森であれば、火事にも地震にも台風にも耐えて生き延び続けられると主張し続けた。 また、国策として植えられた針葉樹林の運命はどうなったのかを次のように語っている。高く売れると予測した針葉樹のスギ、マツ、ヒノキ、カラマツを昭和30年代から単一種で一斉拡大造林し続けた結果、ようやく伐採期に達した頃には、輸入材木の価格に負けて切り出すことができない。 しかも、スギは花粉を飛散させて、春先に人々を悩ませている。また、マツは増えすぎたことに対する自然の揺れ戻しのように、マツクイムシの被害を受け、白骨状の無残な姿を全国土的にさらしている。その上、毎年のように山火事が何日も続き、今地球規模で問題になっている炭酸ガスの発生源となっている。
信州のカラマツ植林地などは、根が浅いために、台風の後はえぐられたように倒れてしまう。
自然界では単一の種類の樹木だけが広い範囲に生育していることはない。
要するに人工林を保つためには、植樹後何年も下草刈り、枝打ち、つる切り、間伐などの定期的な管理が必要なのだ。不自然な造林は管理をやめた途端に、先程のようなさまざまな問題が噴出してくるのである。ということは、この宮古島で森林を造成しようとする時、ただ単に木をたくさん植えればいいというわけではない、ということが分かる。では、どのように森を造るべきか・・・この本によれば、地域の主役になる木を中心に、根の充満した幼描を自然の掟に従って混植、密植して森を造るべきで、大事なのは、その土地の潜在的自然植生を読み取ることだと述べている。
潜在的自然植生(その土地の本来の素顔、素肌の緑)を読み取るというのは、人間の手が一切加わらない中で、その土地の自然条件が終局的にどのような植生を支えるかということを見出すことである。すなわち、その土地においのて森作りにはどのような樹木が最も適しているかを選定することが大事なのだ。
この選定の参考になるのが、古い寺院や寺社、あるいは古い祠を囲む森、つまり鎮守の森である。
農耕、道路、街作りなどの開発の中で、土地本来のほとんどの森が失われているので潜在的植生を知るためには、鎮守の森の植生を調べるとよい。
宮脇氏は鎮守の森に代表される「ふるさとの木によるふるさとの木」こそ、最も強い生命力を有していると述べている。宮古島においては、ウタキ、ウガンジョの森の植生を参考にすればよいと思う。
幸いにも土地改良が進む中、畑のところの所々にこんもりしたウタキ、あるいはウガンジョと思われる森が残されている。私は専門家ではないが、ざっと見たところ、主役になる木はテリハボク、フクギ、イヌマキ、アカギ、ヤブツバキ、アコウ、ガジュマル、タブノキ、リュウキュウコクタンなどのように思える。これらの樹木を混植、密植して森を作るわけであるが、最終的にははどのような森を目指すべきだろうか。

氏は「森とは木が3本あるだけではない。高木、亜高木、低木、下草、土の中のカビ、バクテリア、ダニ類、いろいろな生き物がいがみ合いながら、限られた空間でその種の能力に応じて、精一杯命をかけて生きている。 このような多層群落の森こそ最も強い自然の表現ともいえる。」 と述べている。

このような森を作るためには、多くの努力と長い年月を要すると思う。
しかし今からでも遅くない。
島の美しい景観を取り戻すため、命の水を守るため、海を再生し守るため、豊かな心を育むために林を造り、森を造り、自然と共存、共栄できる環境作りをし、子供たちに繋いでいけたら・・・・。

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野生の動物たちに異変は起きていないだろうか?

街中の我が家の狭い庭に、連日のように2羽のキジバト(リュウキュウキジバト)が飛来してくる。
犬の餌が目的だ。
我が家の犬のクウ(メス)は、惜し気もなくドックフードを提供する。
目と鼻の先まで近づいても襲うこともなく吠えることもない。(そのくせ人様には吠える)
全く野性味のない奴だ。
以前も小さな野良猫に餌をやるだけでなく、抱いて寝ていた。己を犬だと思っていないらしい。
宮古には、「犬猿の仲」と同意の「インとマユ」(犬と猫)という諺がある。犬と猫は決して仲がいいとは言えないはずだ。それなのに野良猫を育てるなんて・・・・
博愛主義もいいのだが動物界の掟破りもいいとこだ。

野性味がないといえば、キジバトもそうだといえる。
私の子供の頃はキジバトは森林の奥で暮らし、滅多に人目にふれることはなかった。
森や林に行っても鳴き声は聞こえどもその姿を目にすることは少なかった。
この頃はそこら中で見かけるようになった。人間が近づいてもぎりぎりまで逃げようとしない。
イエバトのように人慣れしたやからばかりだ。
おまけに人間の食べ物や人工飼料を食べる。「君たち、体に悪いぞ!」と教えてやりたい。
不自然な食べ物を摂取し始めている野生の動物たちに異変は起きていないだろうか。
アトピーは?メタボは?元気な雛は生まれているだろうか?

何故彼らは人間との接触が多くなったのか。
その理由は簡単である。野生動物が生息する場所が少なくなったからだ。
庭先でメジロが巣を作ったり、イソヒヨドリがやって来たりと楽しいのだが、その理由を考えると
不安になる。
野鳥が飛来するようになった一方、庭の常連客だったキノボリトカゲを滅多に見なくなった。

あっ、そう言えば、庭や草むらでよく見かけたアオカナヘビ(緑色で尾の長いトカゲ)も
30年以上も見かけていない。

絶滅してしまったのだろうか・・・

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